-
1980年代には100万人ほどいた大工の人口は、今では40万人にまで激減しています。
その原因には、行き過ぎた合理化による単能化、単能化による賃金の減少、賃金の減少による弟子制度の崩壊などがあげられます。
古代、大工という名称は工事全体の長を示す役職名でした。時代が下がるにつれ、責任者を棟梁、職人を大工と呼ぶようになり、宮大工や数寄屋大工、船大工などとそれぞれの活躍の場に合わせた特別な呼称が生まれましたが、いずれも木材を加工する技術を継承した、スペシャリストであることに変わりはありません。
昨今の大工人口の減少は、これら古代から連綿と受け継がれた木工技術の喪失を意味し、日本の建築業界にとって危機的な状況を生み出しています。 -
この状況に危機感を抱いた平成建設では、創業以来「内製化」の中核事業として職人を自社にて育成し、現在では200人を超える職人集団を形成するに至りました。
棟梁から中堅大工へ、そして若手大工へと伝統技術を受け継ぎ、次の世代へと継承すること。
この社会的意義のある事業は同時に、お客様のニーズに的確に応えることのできる技術者の育成という側面もあります。
理想を描く設計と、設計を現実のものにする技術力。
平成建設の家造りは、2本の柱をもってお客様の理想を現実のものとします。
職人大工集団を主体とした平成建設の内製化システム