
土地は南北に細長く、大きな通りに面した場所。
ゆっくりとした時間を大切にされる親世帯と、アウトドア派で活動的な子世帯の二世帯住宅。
スタイルの異なる二つの世代が一つ屋根の下で快適に暮らせる住まいとは?
様々な条件を吟味し、お施主様の希望を取り入れつつ、設計士の目はその先を見る。

- 3階建にしてお風呂を最上階に持っていきたい。
お施主様の最初のご希望に、設計士は思わず考え込みました。
3階建てのお住まいの施工実績はもちろんあります。
最上階に浴室を設置し、眺望を楽しみながら入浴したいというご希望だって別に珍しいものではありません。
しかし、立地条件やコスト、家族構成、ご家族にとって何が一番重要で、これからどう住まわれていくかを考えた時、必ずしもお施主様のご希望通りに描いた設計図が最良という訳ではないのです。
- 3階建にするのはコストやご家族構成からお勧めできません。 無理に3階建にせず、2階建住宅にした方が良いんじゃないかと思います。
お住まいは二世帯住宅。1階に住む予定のお母様が入浴のために3階まで行くのは大変です。
かと言って、移動のためのホームエレベーターや、二つ目の浴室を造る事になればどうしても費用が嵩みます。
ご家族が今後どのような暮らしをされてゆくのか、「今」だけでなく、何十年先をも見越して、設計士はご家族にとって一番暮らしやすい住まいをご提案します。
- お風呂に面してサンデッキを設ければ、1階でも充分開放感が楽しめますよ。その分、2階をゆったりと使えますし、水廻り共用の二世帯住宅ですから、お母様の生活動線も短くなって便利です。
- そうだねえ……母のことを考えると、お風呂は1階に置く方が現実的かな。 ただ浴室にはこだわりたいから、ユニットタイプじゃなくてタイル貼りにして欲しい。
- 分かりました。バスルームと洗面所には同じタイルを使いましょう。
- それと、水廻りの照明はちょっと変わったものにしたいから、マリンライトに変更して貰える? デザインが好きなんだ。
- 構いませんよ。もしご希望のものがあれば、お持ち下さい。

マリンスポーツが趣味のお施主様のご希望で、浴室や洗面などの照明はマリンライトに変更。 トイレの小窓にはめ込まれた色つきのガラスブロックや、浴室・洗面に貼られた白いタイルと相まって、爽やかな海辺をイメージした水廻りとなりました。
- ところで玄関なんですが、世帯ごとに分けませんか?
アウトドア派のお施主様に設計士からそう提案。 車で外出することの多い子世帯、近所のお友達をお招きすることの多い親世帯と、ライフスタイルの違いが明らかになるにつれ、お互いが気持ち良く同居できるよう、生活動線を分けた方が良いと思うようになりました。
- 大通りに面した方向にはお母様用の玄関を設けて、裏の駐車場に面した方向には、良く車を使う子世帯用玄関を設けるのはどうでしょうか。
専用玄関を作ることで、それぞれの居住スペースへの動線も最短にすることができますし、車でいらっしゃるお客様にも便利です。
……いっそのこと、二つの玄関を土間で繋げてしまいましょうか? 通り土間は室内でも気にせず色々な作業ができるので、アウトドア派ならとても重宝すると思いますよ。

- 通り土間か。雨の日には便利そうだね。
- 屋内でありながら屋外のように使えるから、様々な使い方ができます。家の南北を結ぶので空間としては大きくなりますが、蓄熱暖房機を配置すれば空間全体を暖めてくれますよ。
K様邸のお住まいで一番印象に残る通り土間は、こうして採用されました。
スポーツ用具やキャンプ用品の収納力も抜群な通り土間は、屋内で自転車のメンテナンスをしたりもできる、便利な万能空間です。
- 室内は自然素材を使用してほしい。モダンな雰囲気が良いんだけど……
- 壁が漆喰の白なので、白と黒を基調に、全体をモノトーンで統一しましょう。 床は無垢のタモ材を黒く塗装すれば、部屋全体が引きしまって見えます。
- キッチンはオープンキッチンにして欲しいな。リビングダイニングは広い一間続きがいい。
- オープンキッチンにするなら、食器棚などの収納は隠せた方が良いですね。せっかく二階にリビングを作るのだから、天井勾配を利用して高さも出しましょう。

設計のスタート地点は、そこに住まう方が快適に過ごせる家を作るということ。
お施主様のご希望は可能な限り取り入れながらも、多くの住宅を設計してきた専門家として、ライフスタイルにマッチした住まいづくりをご提案します。


お施主様のご希望は、可能な限り取り入れていきたい。 けれども専門家として、ご家族の在り方や予算を考え、当初のご希望とは全く別の提案をさせて頂く事も良くあります。
通り土間はライフスタイルの違いを埋めるために提案させて頂きましたが、竣工後にお施主様より、共有空間が広がったおかげで1階と2階に程よい連帯感が生まれたとお言葉を頂きました。 実際に住まわれて、改めて満足して頂けることが一番嬉しいですね。 家は竣工して終わりではなく、そこがスタート地点になるわけですから。
- 1963年 静岡県沼津市生まれ
- 1983年 日本大学短期学部建築科卒業
- 2つの設計事務所、ハウスメーカーを経て現在に至る。女性ならではのプランニングが得意。